-Oさん-
正直言って 私達は米兵相手だけでは カツカツなんです。
それでも回ってくる 補助金があるからなんとかなってるわけですよ。
でも 結局は貯金できなくて 経済的には 裕福になっていないんです。
国からの補助金は 基地あってのものだから
基地がなくなってしまうことは 我々にとって死活問題なんですね。
-僕-
そうなると 普天間の跡地を利用した経済復興は 本当に難しそうですね。
-Oさん-
返還後の那覇市に 新都心を作ろうとしたのとは 出だしが
全く違いますよ。あっちは復興のために 補助金が使われましたが
普天間が返還されたら 補助金はなくなります。
自分達でやらなくてはいけない。
新都心でさえ 毎年多額の補助金がつぎ込まれて
やっとここまで来たわけですから。
-僕-
1972年に返還だから 引き算すると約20年ですか。
-Oさん-
補助金ありでこれだから 貧しい我々の資本力だけでは
50年かかっても無理でしょうね。
政府から「基地はなくしました。あとはあなた達の責任で自由に使いなさい」
と言われても 無理なんですね。
-僕-
でも そうなった時 国から 基地とは関係なしに
特別な補助金が出ないのですかね。
-Oさん-
そうなったら いろんな所で 基地返還運動が始まり 国の財政は破綻しますよ。
それに 他県が黙っていないでしょう。何しろ 国民の税金ですから。
-僕-
う~ん そう考えると そういうこと考えておかないで 移転するのって
長い目で見ると 沖縄のためにならないですね。ほんとやっかいな問題ですね。
-Oさん-
だから事故が続いて 移転すると言っても 実現は難しいですよ。
まず 移転先が決まらないでしょうね。
-僕-
そうですね まず基地なしで生活できている地域は 絶対拒否しますよね。
-Oさん-
当然だと思いますよ。だから すでに基地がある場所に
増築するしかないんじゃないですかね。
-僕-
う~ん その時はOさん達も そこへ移り住むとなると
またその地域が危険地帯になりますよね。
事故が続けば 移設となりませんか?
同じことがくり返されていく気がしますよね。
-Oさん-
だから 普天間のような市街地と飛行場の位置関係だと無理ですね。
飛行場が市街地の外側にないと 安全じゃないし 騒音被害も大きくなります。
-僕-
基地が海よりにある場所ですか。そんな所あるんですか?
-続く-
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