バッタとふきのとう3

 

違ったバッタかもしれないのに

 

「 いたいた。見つけたよ。バッタちゃん見~っけ! 」

 

と 大喜びしていました。

 

「 何考えてるの? どこ行きたいの? 」

 

バッタは何も答えません。

 

それでも しばらく見ていると ババッと 突然飛び立ちます。

 

僕は 飛び立つバッタを 必死になって追いかけました。

 

そして再び 草の上や地面で じっとしている姿を見つけると

 

飽きもせず見ていました。

 

「 今度は こっちに飛んで行きなよ 」

 

バッタに また話しかけ 根気よく 飛び立つのを待ちました。

 

すると なぜか バッタのじっとしている時間は長くなり

 

落ち着いてきているのが 分かりました。

 

バッタを愛おしく感じ しばらく待っていると また飛びました。

 

「 よし 今度はこっちか さっきより飛んだね 」

 

僕は はしゃぎながら 追っかけました。

 

何度もやっていると 言葉では語りませんが 

 

バッタは 僕を ちゃんと意識しているように 感じてきました。

 

「 聞こえてるよね。僕が見ているって分ってるよね。

 

僕分かるよ。僕を感じているって 」

 

すると バッタは こっちをちょこっと見て(そんな気がしていました)

 

しばらくまた休むのです。

 

「 いいよ ゆっくり休みな 僕を気にしないで 脚と羽を休めな 」

 

バッタと自分が 一つになっている気がしました。

 

前のブログに書きましたが こういった自然との一体感は

 

とても僕を癒してくれました。

 

今思えば バッタにかける言葉は 

 

自分の心にも 話しかけていたのだと思います。

 

この一人遊びをしていたある日

 

「 今 前に進まないって 嘆く事ないんだ。

 

耐えているって 飛ぶための バネを蓄えているって事なんだ。

 

じっと耐えていることって 大切なことなんだ 」

 

と感じました。

 

「 焦んなくていいよ。ケンちゃんも 蓄えて飛びなよ! 」

 

バッタに そう言われた 気がしました。

 

「 前向きに動けないって 情けなかったけど これでいいんだ。

 

こうして じっとできていることが 飛び立つ力を蓄えている事なんだ。

 

力が蓄えられたら 自然に飛びたくなるんだ。

 

これでいい。自分を信じて耐えていれば 自然が力をくれる 」

 

僕は バッタ達に 感謝していました。

 

だから 心無い落書きノートに つぶされたバッタが挟み込まれたり

 

目の前で 殺されていくのを見せられたりした時 とても悲しかったのです。

 

いつも僕を励ましてくれているバッタが 

 

僕が原因で 足をもぎ取られていく姿に 心を引き裂かれました。

 

「 どうして どうして こんな事を。 ごめんね ごめんね 

 

皆に迷惑かけている。こんな事なら 僕死んだ方がいいね。

 

本当にごめんね。 どうすれば 許してくれますか 」

 

これしか 言葉が出てきませんでした。

 

お墓を作りながら 何度も謝りました。

 

-続く-