タマムシと弟2

「当然、親としては叱ると思うよ。

せっかく親が忠告したのに、聞かないから失敗したんだってな。

これからは、目上の忠告は素直に聞くことを覚えろって教えるよ。

忠告を聞かないから失敗したのは、間違いないだろ。

子供にとっては、耳が痛いだろうけど、

二度と失敗しないために、言わなきゃならないだろう。

おまえ、叱らないつもりなのか?」

「うん、一生懸命考えた末の決断なら、叱らない」

僕の答えに相談者は首をひねりました。

「なぜだよ? おまえ、そんなことで、よく先生やってんな。

そんな対応は子供の為にならんだろ。教育者として失格だろ。

無責任だぞ。それでまた失敗したら、子供に絶対恨まれるぞ」

ついに僕は叱られてしまいました。

「怒る気持ちは分かるけど、子供がもし言うことを聞かなかったら、

それはどうしてだと思う?」

それでも僕は、相談者に問いかけました。

「・・・さあな、まあ、なんだろうな、まだ子供だからだろうな。

浅はかにも、間違った答えを、自分で決めちゃったんだろうな」

「うんそう、自分で決めたんだよ。

でもさ、俺はその答えも間違っていないと思うんだ」

「はあ? おまえ考え方がおかしいぞ。

間違っていたから失敗したんだよ、違うか」

相談者は、ますますご立腹です。

「そうだよ。でもそれを責めてはいけないよ、もしかして、

君の助言通りにやっていたとしても、失敗していたかもしれないよ」

「おまえ、そんな屁理屈言う人間だったんだ。

がっかりだな、もっと単純で素直な奴だと思ってたよ」

「そうかい? 俺にしたら、単純で素直な考えなんだけどな」

相談者は、あきれた顔して、僕に言い返してきました。

「おまえさ、いじめられていたんだろ。

子供がいじめで自殺したいって言ったら、どうするんだよ?

何も言わないのか」

「もちろん、それは止めるよ」

「ほらみろ、言っていることがおかしいだろ。矛盾しているぞ。

それも子供が必要としていない助言だってのか」

「いいや、それは必要としている助言だし、おそらく

どの子供も、親からは死んで欲しくないって言ってもらいたいと

思っていると思う」

「だったら、助言して何が悪い? 」

相談者は僕に詰め寄りました。

「うん、悪くないよ。でも何て言うんだい?」

すると、相談者は、口早に、次々と助言を口にしました。

「死ぬな、生きていれば、必ずいいことがある」

「何があった? 話してくれ、父さん、母さんが

力になる。皆で乗り越えて行こう。場合によっては

転向していいんだ」

「今はどこにでもいじめはあるんだ。

弱気になっちゃダメだ。今、ここで乗り越えれば

この先、絶対役に立つ」

「家族のことを考えたことあるのか?

どれだけ心配していると思ってるんだ?

皆、おまえを必要としているんだ。

自殺なんて自分勝手なことするんじゃない」

僕は、ちょっと押され気味で、

険悪な雰囲気を外すために

ビールをゴクゴクと飲み、ニコッと

彼に微笑みました。

そして、次のように答えたのです。

-タマムシと弟3へ続く-

 

「何度も自殺しようとした人間から

言わせてもらうよ。

子供が死のうとしていたならば

それを止めることは大切だよ。

君の言った今の助言は

どれも、間違ってはいないと思う。

ただね、その気持ちを

子供はすでに分かっているんだよ。

とても痛い所なんだ。

それを言われると、とても苦しいんだな。

俺が言いたいのは

そんな時、大人のペースで

無理やり考え方を変えようとするなってことだよ。

誤解しないで欲しいんだけど、これは

自殺しようとすることを、許せということじゃないんだ。

子供のもがき苦しんでいる今の姿を受け入れ、

まず認めるってことなんだよ。

そうしてくれないと、

自殺しようとしていた子供は

親の対応が、苦しくてしかたがなくなるんだ。

それにそうしないと、とてもじゃないが

子供の気持ちに寄り添うことなんか、できないもんなんだよ。

これ本当に大切なことなんだ。

頭ごなしに否定しないで

まずは寄り添うことだよ。

子供が、逃げ出したい現実と

正面から向き合うためには

自分の中に、そういった気持ちが

生まれないと無理なんだ。

親がいくら力になるから、頑張れ、負けるな

と、必死になっても、辛さが増すだけ。

励ましてもダメだと、親はますますエスカレートして

何とかしようと必死になる。

そうなると、客観的な判断がしにくくなるよ。

子供は親の励ましがウザったくなり、反対に死にたくなるよ。

だから、無理に変えようとしないことが重要だよ。

その方が子供自身の中に

自分を変えようという気持ちが芽生えやすい。

今、子供に助言しようとすると切れるって、

子供の中に、そういう気持ちがあるってことなんだと思うよ。

本当に子供とコミュニケーション取りたいなら

ちょっとこの屁理屈に耳を傾けて欲しいな。

当然ながら、最後の決定は君がする。

そしてどちらを選んでも、僕は文句は言わないよ」

「・・・・・・」

相談者は、目をつむり、首を何度か縦に動かし、再び黙り込みました。

僕は目をつむっている相談者に続けました。

「君の言い方には、忠告してあげているのにっていう

君の怒りが含まれているよね。

オブラートに包んでいても、

きっと、子供は感じていると思う。

だから君の忠告で上手くいったとしても

君が思っているほど、子供は嬉しくないし、

半面、負い目を感じると思うな。

本人より君の方が満足すると思うよ。

お父さんの言うことを守っていれば上手くいくんだ。

どうだ、お父さんはすごいだろっていう、

親の威厳を守れたことに満足している君がいると思うよ」

すると、相談者はゆっくり目を開け、僕を見ました。

「確かにな、そうかもしれない。俺は子供の気持ちに

寄り添っていないのかもしれないな。分かる気がしてきた」

「まずは、親があれこれ言いたくても、

子供がそれを必要としていないってことがあることを

よしとすることだよ。

そしてそれを、自分は子供に必要とされていないと

間違った解釈をしないことだよ。

二度と言わないから、

もうちょっと屁理屈聞いてくれる。

例えばさ、子供がある計算問題解いていたとするよ。

子供は自分が試している方法より

能率的な方法があるだろうことも

うすうす分かっている。

でも今は、自分が思いついた方法で計算したくて

計算している。

そこに、何能率の悪いことやっているんだ。

この公式使え、一発だ。

ほら、その計算やめてやってみろなんて

あれこれ言われたら、計算している楽しみが

なくなるだろう。頭来るよね、うるせ~なぁって。

本人は、時間がかかったとしても

今やっている方法を試したいんだ。

それが自分は今生きているって、感じられることで

最悪この方法でも解けるんだという自信になる。

その最低限の方法を自分で見つけて、確かめることが

喜びであり、欲しいものなんだよ。

そういう時は、

ほんと能率悪いよな、

この公式に代入すれば一発なのにと思っても、

その気持ちをぶつけないことだよ。

何で聞かないんだよ、いい方法があるって言っているのにっていう

批判的な気持ちは、余計なものだよ。

そんなもの、子供は欲しがっていないよ。クソ食らえさ。

子供の成長を願う当然な親心って言ってたけど、

ここで必要なのは

子供が親に同意しないことを認める親心だと思うんだ。

そういう接し方すれば、子供の心も変わってくる。

心に余裕が生まれて来て

もっと能率良く計算できる公式を教えて欲しいって

素直に言ってくるよ。

そういうステップが、子供をたくましくしていくんだと思う」

彼は、真剣に僕の説明を聞いてくれました。

「俺、過保護だったかな?」

ポツリと彼は言いました。

-タマムシと弟3へ続く-

 

僕は首を振りながら、答えました。

「いいやそんなことないと思うよ。

子供は、親に守られて成長いくだろ。

親を頼りにし、親に気に入られようと

親の言うことに従いながら育っていくよ。

俺達、皆そうだった。

とても言うことを聞く子供であれば

素直で聞き分けの良い、いい子となり

そうでなければ、手のかかる子さ。

そして、子供を育てていれば

だんだんと言うことを聞かなくもなってくる。

親は言うことを聞いて欲しいよね。

するとどんな親もいつの間にか

子供を操作しようと

必要以上に干渉するようになる。

特にいい子を望む親であるほど

干渉し過ぎる傾向が出てくるんだと思うんだ。

でも、いつまでもこれが続くようであれば

子離れできない、親離れできない

親子関係が出来上がるから、

注意しなくちゃいけないよな」

「その通りだな、いやまったく情けない。

人の家庭の親子関係見て、気をつけていたつもりなんだが、

ダメなもんだな。我が子だと目がくもっちゃうんだな」

しみじみとした口調で、彼は答え、うなずきました。

「そうだよね、もし、赤の他人だったら

もともと関心のない人だから

何をしようと、簡単に放っておける。

その人を無理に変えようなんて考えは浮かばないよね。

だけど、これが家族、恋人、親友になれば

別の問題になっちゃうんだよな。

たちまち、自分の心の中に

相手が自分の思った通りになって欲しいと願う気持ちが

生まれちゃって、それにとらわれちゃうんだよな。

難しいよね」

「じゃあさ、うちの子供、無理に助言でもしようなら、

反感もって、分かっていても従わないってこともあるって

ことだよな」

彼は心配そうに聞いてきました。

「そうだね。これ以上無理に助言していくと

親に反抗して、わざと失敗することを

選ぶかもしれないね。

だから、間違った選択をさせないために大切なことは、

こちらが何を言うかでなくて、

どうちゃんと聞いてもらうかってことなんだと

思うんだ」

「どういうことだい?」

「俺達って、何か失敗した時、目上の人間から

言われること、たいていの場合、分かってるよね」

「うん、だな」

「そこをだらだらと一発きついこといってやろうと、

注意されると、聞く気にならなくなってくる。

こっちを今後コントロールしてやろうって

気持ちが伝わってくるからね。反対に

簡潔に注意されて、以後気をつけてと言われると、

うわ、責任かぶってくれたんじゃないかと、恐縮して

反省しちゃう」

「そうだな、結局同じこと伝えたいのに、一方は

思惑が混じったもので、片方は純粋ってことだな。

シンプルイズベストってことだな。

よく言われていることだけど

伝えたいなら内容の簡潔化だけでなく、

気持ちの純粋化って意味もあったんだな。

素直な気持ちで忠告を聞けるから

正しい選択ができるってことか、分かったよ」

相談者は納得してくれたようでした。

「だから、そうやって、素直に話を聞いてくれて、

その上で親の言うことを聞かないで失敗したのであれば、

俺はその選択は、決して間違いではないと思うんだ」

「そこ、そこだよ。やっぱりまだ理解できない。どういうこと?」

彼は、前回のように怒った口調ではなく、

まずは話を聞こうという態度で、聞いてきました。

僕は、ややゆっくりした口調で、自分に

言い聞かせるかのように説明を始めました。

-タマムシと弟4へ続く-