「何度も自殺しようとした人間から
言わせてもらうよ。
子供が死のうとしていたならば
それを止めることは大切だよ。
君の言った今の助言は
どれも、間違ってはいないと思う。
ただね、その気持ちを
子供はすでに分かっているんだよ。
とても痛い所なんだ。
それを言われると、とても苦しいんだな。
俺が言いたいのは
そんな時、大人のペースで
無理やり考え方を変えようとするなってことだよ。
誤解しないで欲しいんだけど、これは
自殺しようとすることを、許せということじゃないんだ。
子供のもがき苦しんでいる今の姿を受け入れ、
まず認めるってことなんだよ。
そうしてくれないと、
自殺しようとしていた子供は
親の対応が、苦しくてしかたがなくなるんだ。
それにそうしないと、とてもじゃないが
子供の気持ちに寄り添うことなんか、できないもんなんだよ。
これ本当に大切なことなんだ。
頭ごなしに否定しないで
まずは寄り添うことだよ。
子供が、逃げ出したい現実と
正面から向き合うためには
自分の中に、そういった気持ちが
生まれないと無理なんだ。
親がいくら力になるから、頑張れ、負けるな
と、必死になっても、辛さが増すだけ。
励ましてもダメだと、親はますますエスカレートして
何とかしようと必死になる。
そうなると、客観的な判断がしにくくなるよ。
子供は親の励ましがウザったくなり、反対に死にたくなるよ。
だから、無理に変えようとしないことが重要だよ。
その方が子供自身の中に
自分を変えようという気持ちが芽生えやすい。
今、子供に助言しようとすると切れるって、
子供の中に、そういう気持ちがあるってことなんだと思うよ。
本当に子供とコミュニケーション取りたいなら
ちょっとこの屁理屈に耳を傾けて欲しいな。
当然ながら、最後の決定は君がする。
そしてどちらを選んでも、僕は文句は言わないよ」
「・・・・・・」
相談者は、目をつむり、首を何度か縦に動かし、再び黙り込みました。
僕は目をつむっている相談者に続けました。
「君の言い方には、忠告してあげているのにっていう
君の怒りが含まれているよね。
オブラートに包んでいても、
きっと、子供は感じていると思う。
だから君の忠告で上手くいったとしても
君が思っているほど、子供は嬉しくないし、
半面、負い目を感じると思うな。
本人より君の方が満足すると思うよ。
お父さんの言うことを守っていれば上手くいくんだ。
どうだ、お父さんはすごいだろっていう、
親の威厳を守れたことに満足している君がいると思うよ」
すると、相談者はゆっくり目を開け、僕を見ました。
「確かにな、そうかもしれない。俺は子供の気持ちに
寄り添っていないのかもしれないな。分かる気がしてきた」
「まずは、親があれこれ言いたくても、
子供がそれを必要としていないってことがあることを
よしとすることだよ。
そしてそれを、自分は子供に必要とされていないと
間違った解釈をしないことだよ。
二度と言わないから、
もうちょっと屁理屈聞いてくれる。
例えばさ、子供がある計算問題解いていたとするよ。
子供は自分が試している方法より
能率的な方法があるだろうことも
うすうす分かっている。
でも今は、自分が思いついた方法で計算したくて
計算している。
そこに、何能率の悪いことやっているんだ。
この公式使え、一発だ。
ほら、その計算やめてやってみろなんて
あれこれ言われたら、計算している楽しみが
なくなるだろう。頭来るよね、うるせ~なぁって。
本人は、時間がかかったとしても
今やっている方法を試したいんだ。
それが自分は今生きているって、感じられることで
最悪この方法でも解けるんだという自信になる。
その最低限の方法を自分で見つけて、確かめることが
喜びであり、欲しいものなんだよ。
そういう時は、
ほんと能率悪いよな、
この公式に代入すれば一発なのにと思っても、
その気持ちをぶつけないことだよ。
何で聞かないんだよ、いい方法があるって言っているのにっていう
批判的な気持ちは、余計なものだよ。
そんなもの、子供は欲しがっていないよ。クソ食らえさ。
子供の成長を願う当然な親心って言ってたけど、
ここで必要なのは
子供が親に同意しないことを認める親心だと思うんだ。
そういう接し方すれば、子供の心も変わってくる。
心に余裕が生まれて来て
もっと能率良く計算できる公式を教えて欲しいって
素直に言ってくるよ。
そういうステップが、子供をたくましくしていくんだと思う」
彼は、真剣に僕の説明を聞いてくれました。
「俺、過保護だったかな?」
ポツリと彼は言いました。
-タマムシと弟4へ続く-
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