「あっ、ごめん。いたら声かけようと思ったんだけど、
いなかったんで、勝手に動かしてごめんね。
ここ、目の不自由な人が歩く場所で、
何もないと思って歩いているから、自転車あると危ないと思って」
「はん、うるせぇよ、め〇らのことなんか知るかよ」
リーゼント頭のお兄ちゃんがズボンに手を突っ込み、
上体揺らしながら、近寄ってきました。
「そう言わないで、ぶつかったら、ケガしちゃうかもしれないし、
自転車も倒れて、傷ついちゃうかもしれないだろ」
「ちっ、だったら、め〇らは 外歩くなってんだよ。
あいつらジャマなんだよ、生きてんじゃねぇよ」
「!」
僕の中で怒りのマグマが、ボコッと一度音を立てました。
「おまえ、良くそんなこと言えるな。おまえ、もし突然
自分の目が見えなくなったら、そんなこと言えるのか!」
「知るか、だいたいが、初めから人に迷惑かけるなら、
生まれて来るなっての。生まれて来る価値ねぇんだよ」
ブチブチブチッ、体の中で理性の鎖が切れていく音がしました。
僕がいじめの期間、嫌というほど聞いてきた言葉でした。
「おまえ、もう一度言うぞ。自分がそうだったらと考えてみろ。
それでも今の言葉、正しいと思うか?」
「バカか、そんなこと考えても意味ないだろう。
俺はずっと見えるんだから」
僕も若かったので、この言葉にカチーンと来てしまい、
ついどなってしまいました。
「てめぇ、なめた口きいてんじゃないぞ。
だったら、今、てめぇの目ん玉つぶしてやるよ。
それでも同じセリフ言ってみろ」
「なんだとこの野郎、やれるものならやってみろ。
あ~ん。上等だ! おい、こいつやっちまおうぜ」
僕はつかみかかってくる手を払いながら
素早くステップバックして、3人から、まず距離を取りました。
これは相手が複数の場合、一人にしっかり握られて、もみ合えば、
少々力の差があったとしても、
皆で押さえつけられる危険性が高いからです。
「やめろ!」
なんと叫んだのは、ヤンキーの中の一人でした。
そして彼は、すぐさま、残った1台に駆け寄り、
自転車を持ち上げたのです。
僕も驚きましたが、残った2人は、
眉をひそめて顔を見合わせました。
自転車を反対側に運び終わると、彼は仲間にこう言ったのです。
「俺の兄貴、目が悪いんだ・・・」
「えっ!」
「だから、め〇ら!」
吐き捨てるようにいい、仲間をにらんだのです。
「うそ! そんなん聞いてねぇし・・・・ 」
「言う必要ねぇだろが! 何でそんなことおまえに、
いちいち言わなきゃなんねぇんだよ」
「あっあっ、・・・わりぃ、そんなつもりじゃ」
意気込んでいた彼は、慌てて仲間に言い訳を始めました。
「おまえ、むかついた。そういう奴だったのかよ」
「いや・・・・言葉のあれだよ、あれ・・・・」
仲間は、言い訳に必死です。
「おまえ、あれで俺の兄貴に死ねってか!」
再び彼は仲間をにらみつけました。
「・・・いや、そういうんじゃなくて・・・」
「いいんだ、もういい。おまえにもむかついたけど、
一番悪いのは俺だ。この人の言う通りなんだ。
俺の兄貴は、こういうのがない所で、
電信柱にぶつかって、ケガしたことある。
だからこれって、兄貴にとって大切なんだ。
分かってたはずなのに、俺、チャリ置いちまった。バカだった」
突然でした。
ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン!
3台の自転車は音を立てて、倒れていきました。
彼は、自分の取った行動に憤りを抑えきれず、
自分達の自転車に蹴りを次々と入れたのです。
「こうなったら、兄ちゃん絶対ケガするよな。
杖も折れちまったかもしれない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
残った2人は、硬直し、押し黙ってしましいました。
何と声をかけてよいのか分からず、
怒りに震えている彼を、見ているだけでした。
「そう自分を責めるなよ。
それだけ兄ちゃんのこと思っているんだ。
兄ちゃんきっと怒ってないよ。
それに、わざとやったんじゃないんだし。
それより、これから気をつけて、
これからは、こういう場所に何か置いて
あるのを見つけたら、どけてくれるかい?」
僕は、倒れた1台に近寄り、引き起こしながら、
彼にお願いしました。
「はい、そうします。すみませんでした」
とても、ヤンキーとは思えない、礼儀正しい言葉使いでした。
「ありがとう。おい、君たちも悪かったな、怒鳴ったりして。
これからは、彼と一緒に、こういう所(点字ブロック)に
何か置いてあるの、気がついたら、今日みたいにどけてくれる。
そうしてくれると助かるよ」
「あ、こっちこそ、悪かったす。わりぃことしてないのに
因縁つけてすいませんでした」
バツが悪そうに、残りの自転車を立てながら、
息巻いたヤンキーは答えました。
「いいや、誰だって、自分の自転車勝手に構われていたら、
頭来るよ。ごめんね、断りもしないで勝手に移動させちゃって」
「いいんす。そん時、俺らいなかったんだから、悪くないっす。
これからは、チャリの置き場所、気をつけます」
「それより友達、本気で怒らしちゃったな。
ちゃんと謝った方がいいよ」
「あっ、はい、ちょっとヤバいす」
こうして、ケンカには発展せず、丸く収まったのでした。
ただ、ヤンキー3人の関係が今後どうなるのか、ちょっと心配でした。
このように、点字ブロックについて、
僕にはちょっとした思い入れがありました。
点字ブロックは、目の不自由な人には必要であり、
安全に歩けるように、そこには何も置かないようにすること。
これは健常者に必要な気配りだと考えていました。
しかし、ある時、点字ブロックを見て
「俺、これ嫌いなんだよな。ジャマで」
と言う人がいました。
「でも、これないと、目の不自由な人は不便ですよ」
「それは分かっているが、ジャマなんだな。
時々、足がひっかかってジャマでしょうがない」
「・・・・・」
僕は言葉を失いました。
-続く-
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