小さな恋のメロディー

 

小学校時代一年下に

転校してきた女の子がいました。

体の大きな子でYM子いう名前だったと思います。

噂によると東京から来たということでした。

おてんばで男勝りな性格らしく、

中には生意気な奴と言っている子もいたようです。

実際に見てみると とても活発で

確かに気が強い子のようにも見えました。

 

いじめを経験していたケンは、

この子が妙に気にかかっていました。

その噂話をしている人達の様子から

この子はいじめられるかもしれないと

直感していたのです。

 

そしてケンはこの子のことを、

いつからしか好きになっていました。

彼女はみかけとは違ってとても

やさしい心を持っていたからです。

彼女は覚えていないでしょうが、

ケンは学校の花壇で彼女が

あることしたのを見かけたのです。

くわしいことは忘れてしまいましたが、

折れていた花壇の花を立てて去って行ったのです。

本に書いたように学校の花壇の花はケンにとって、

いじめにあった時の話し相手でした。

彼女が転校してきた時

いじめは終わっていましたが、

ちょくちょく話しかけに行って、

感謝の気持ちを伝えていたのです。

ところがある時誰の仕業か

ケンが気に入っていて、

よく話しかける花が踏みにじられていたのです。

それで時々花壇に行って

花たちの様子を見に行っていたのです。

休み時間か放課後だったか覚えていませんが、

ケンは花壇に行くと大柄な女の子が

何かしているのが目に入ったのです。

彼女の背後から近づいていくと

M子ちゃんであることがすぐに分かりました。

よく見ると彼女は倒れている花を

やさしく立てていたのです。

彼女はケンに気づきもせず

また下駄箱の方に戻って行きました。

その彼女の姿と昨年までの自分の姿が重なりました。

 

「似ている。もしそうだったら

(いじめられているのだとしたら)頑張れM子ちゃん」

 

思わず心にこの言葉が思い浮かびました。

 

ケンは花を見てみました。

折れてしまってはいるものの

きちんと束ねられて真っすぐ上に向いていました。

 

「ありがとうM子ちゃん。

君はとってもやさしいんだね。

 

人は何て言おうと僕は君が

とても女の子らしいって知ってるよ」

 

ケンはこのことがあってから、

M子ちゃんを見かけると

 

胸がときめくようになっていました。

 

「M子ちゃん、いい子だよな~。

もしいじめられても頑張れ、僕がついてるよ。

辛いことがあったら言ってね」

 

と心の中で言っていました。

ただ、ケンが見かけた時のM子ちゃんは、

友達の女の子と元気にしていたし、

どう話しかけていいか分からず

遠くから見ていることしかできませんでした。

中学生になって僕は高田の中学校に

通うようになりました。

あれほど遊び歩いたK町を歩くことは

ほとんどなくなってしまいました。

それでもたまにM子ちゃんが住んでいる

住吉町の坂の前を通るたび思い出していました。

ある時、父の運転する車に乗せられて

住吉町の坂を登って行った時のことでした。

右手にあった彼女の家を通り過ぎながら、

彼女のことを思い出していました。

「元気にしているかなM子ちゃん」

そしてふと左手を見た時でした。

走っている車の中から、

ちらっとしか見えませんでしたが、

一人の女の子が飛び込んできました。

剣道着を着た女の子が

歩きながら素振りをして

浄福寺に続く石段を登って行くのが見えたのです。

顔はよく見えませんでしたが

「M子ちゃんじゃないだろうか。

中学で剣道部に入ったのかな。

どうしてかな? いじめにあっていた僕が

強くなりたくて病院の裏山で

ケンカの特訓したように、

自分を鍛えたいと思って入ったのかな? 

でもどっちにしてもあれがM子ちゃんだったら

元気にやっているんだな」

と思ったのです。

これがM子ちゃん(だったかも)

見かけた最後でした。

後に小さな恋のメロディという映画を見た時、

小学生の僕にとって心に残る女の子は

M子ちゃんだったなと思いました。

 

さて、僕の前回のブログ「タマムシ後日談」に

転校生の真理子さんからコメントが届きました。

コメントの内容を読んで驚きました。

 

僕は はっとしました。

 

「M子ちゃんか?」

 

一瞬インディアンが履いているひもがついて

すその広がったズボンをはいて

走り回るM子ちゃんの姿が浮かび上がったのです。

そんなズボン履いていたかは分かりませんが

なぜかそんなズボン履いてました。()

 

もし、真理子さんが

M子ちゃんだったら 感激です。

 

そして僕も小さい頃M子ちゃんに

「M子ちゃんはとてもやさしい。僕は知っている。

大好きだよ。もし誰かにいじめらたら言ってね」

と言ってあげられていればと思いました。

小学校低学年の頃、

家族以外自分の事なんか

誰も見てくれていないと思うことがありました。

でも必ずどこかで誰かが見てくれているのですね。

ありがたいことです。ありがとう。

 

 

コメントして下さった方がM子ちゃんだったら

お元気で幸せなご様子。安心しました。

僕らの辛い経験は あの時は辛かったですが、

この歳になると

「あれは今の幸せを理解するためにあったんだな。

あの経験で、僕たちは普通の人たちが

見つけられない幸せを発見し

人生をより楽しむ力を得ることができたんだ」

と思えているのではないでしょうか。

 

感受性の高い時 不幸の数ばかりを数えていると

自分の人生すべてが不幸だと 勘違いもします。

でも その中でもがき一生懸命生きていると

光が現れます。

 

いや現れるのではなく、

今そこにある幸せが見えてくるのでしょうね。

幸せは 当たり前の暮らしの中に たくさんあって

自分で見つけることができます。

これができる感性が育つのでしょうね。

それこそ

一生幸せに生きていくための宝物ですよね。

僕の顔の傷がお猿さんに攻撃されたという情報は

きっと『楽になりたいなら生きていけ』の

「猿の思い出」に書いた事件が関係している

のかもしれませんね。

 

最後に M子さんであろうとなかろうと

真理子さんも お元気でいて下さいね。

またブログ更新したら読んで 

連絡くださいね。楽しみにしています。