僕は何度も書いてきましたが いじめを乗り越えられたのは 僕が強かったからではありません。温かい家族 とりわけ 太陽のような母 そして 誰よりも僕を支えてくれたコウちゃんがいたからです。本当に運が良かったと思います。しかし 残念なことに 温かい家庭に恵まれず心に深い傷を負ったまま成長していく場合もあります。。
何十年前だったでしょうか。翔平君(仮名)という生徒がいました。彼は授業中何回話しかけても元気がなく、「どうせ俺バカですから 皆そう思ってますよ」「俺なんか誰も気にしてませんよ。先生迷惑だから あまり俺に当てないでください」と答えるのです。自己肯定感がとても低く、僕は気にかかっていました。なので 僕はなんだかんだと言いながら 声をかけていました。するとある日の放課後相談に来たのです。彼は自分の生い立ちと心の葛藤を僕に話始めました。彼は母子家庭でした。そして別に女の人をつくり出て行ってしまった父親をとても憎んでいました。父親は小学校入学前に出て行ったそうです。それからというもの 彼は母親を守ろうと 一生懸命だったといいます。ところが 小学校一年生の時 片親であることをからかわれ問題を起こしたのです。彼はその時 母親から言われた言葉で より父親を憎むようになり さらに母親に対して埋めつくせない距離を感じるようになったといいます。母親に問題を起こした理由を聞かれた時 彼は母親を傷付けたくなくて理由をなかなか口にできないでいたそうです。その時でした。彼は信じられない言葉を耳にし 頭が真っ白になったといいます。母親は「どうして問題を起こすの。私を困らせたいわけ。おまえは父さんそっくりだ。親子そろって私をいじめているわけ。おまえには罪はないのは分かっているけど おまえを見ると どうしてもあの男を思い出して イラっとくる」と吐き捨てるように言ったのです。彼は話しながら当時を思い出したのでしょう。目から涙があふれ出しました。彼は「僕はママを守りたかったんだ」と訴えたそうです。しかし母親は「おまえになんか守ってもらいたくない。ああ嫌だ、ふざけたことその顔で言うな。だったら ママに迷惑をかけるな。問題を起こすな」と答えたと言います。
彼の話を聞いていた時 僕はとても共感し 何度も涙ぐんでしまいました。彼は長男で弟と妹もいて その二人は母親似で 母親とはとても仲睦まじい感じだといいます。母系の祖父母が財産を持っていて 学費を出してもらっていて 高校から私立のこの学校に来ていると話していました。翔平君は 家庭がずっと息苦しいとも言いました。問題行動を起こした後 あんなことを言ったくせに 妙にやさしくなったといいます。言い過ぎたことを反省して やさしくしてくれているのかと最初は思ったそうです。ところがそのやさしい言葉になぜかイラっとくる自分を発見して以来、そのイライラが大きくなり、母親に「うるさい、ほっといてくれ」と言ってしまったのです。母親のいう言葉は 「学校の用意はできた?」「これを着て行きなさい」という感じのもので それだけ聞くと どうして腹が立つのだろうと自分でも分からないと言っていました。これに対して母親は「私の愛情が伝わらないのも やっぱりあの男そっくりだ。あんたとママは合わないわね。早く独立して出て行って欲しい」と再び彼の存在を否定する言葉を口にしたと言います。それ以来 彼は 母親の言葉は ロボットが言っているものと考え 自分もロボットだと考えようと決心したといいます。これは僕がいじめに対して ある時期 無痛人間になってやり過ごそうとした心情によく似ています。自分をイライラさせる刺激に対して鈍感になろうとしたのです。レストランに行くと「あなたは長男なんだから しっかりしてもらわないと そのためには これを食べなさい」と勝手に決めることが多いのだそうです。「いや これが食べたい」と言うと顔つきが変わり 明らかに憎しみをにじませた顔で「だったら勝手にしなさい。でも○○円以下にしなさい」と金額まで指定してくるので レストランは嫌いだと言っていました。不思議なことに 弟や妹には始めから「好きなもの頼みなさい」とだけ言うらしいのです。弟達は着る物やゲームなども自由に決めて それを黙認されているが 自分だけは なぜか決められることが多いことに 不満を感じていました。それに対して母親の返答は「これはあなたのためなのよ。まだ子供だから分からないの。あなたは長男なんだから 我慢しなさい」なのです。さらに高校受験の時は「あなたのために おじいちゃんおばあちゃんに協力してもらって 家庭教師をつけることにしたよ」と強制的に家庭教師がつけられたのです。「もう逃げ出したかったけど 成績わるかったし高校には行きたかったから 従った。まあおかげでここに入れたんだけど、何かやる気でなくて 来ているだけって感じ。どうしたら元気がでるのか分かんない。ねぇ先生ってどうしていつもそんなに元気なの?」「そうか 元気でないんだ。辛いな。最近もロボットどうしの会話は続いているのかい?」「いや この学校入学してから問題起こさないためには 母ちゃんが言っていることに従っているのが一番なのかって 思うようにもなって。俺も大人になって いちいち腹立てない方がいいのかなって。あんなこという母親だけど 愛情がないってわけじゃなくて それでいろいろ言ってくれているんだし どうでもいい言葉や その方がいいって言っていることにイラって来る俺が悪いんだって。結局俺の心が狭いことがイライラの原因なんですよ。俺が悪い。でもそう思った自分にもものすごく腹も立つんです。そうしたら だんだんロボットになれなくなってきたんです。聞き流せなくなくなり イラッよりムカって怒りが大きくなってきた感じで自分が怖い。どうしてですかね? 前の方がまだよかった。だからロボットに戻ろうとしているんですが もう戻れないんです。この間も言い合っていたら 無意識にテーブルの上の皿を投げつけちゃったんです。もちろん床に向かってですよ。そしたら母ちゃんも投げつけて。もう親子じゃないって感じになった。耳に入る言葉全部が気に入らないんです。でもよく考えると腹立てるような言葉でないことも多くて」
「分かる気がする。戻れないよね。とにかくどんな言葉でもイライラしちゃうんだろ。そのイライラを家族だけでなく 誰かにぶつけたくなってしまう自分を感じると さらにイライラする。イライラが止まらなくなる」「えっ? どうしてそう思うんですか。そうなんです。でも 俺適当な相槌ならいらないんですけど。俺の気持ちなんて そう簡単に分からないよ」
彼は無感覚人間になることでいじめの苦しみから逃れようと考えた僕が 限界を感じ 我を取り戻した自分にこれまた似ていたのです。僕は「醜い顔をしているのは確かなんだから あいつらの言っていることは正しいんだから それに腹を立てる僕が悪いんだ。心を強くして それに耐えていくしかないんだ。何と言われても傷つかない鉄のような心にするんだ」と 自分をこれまで以上に責めるようになってしまったのです。ところが そのくせ これまで以上に相手の行動に苛立つようになり 自分の心の弱さを嘆くようになっていきました。僕は彼に僕の体験を話すことになりました。彼は意外そうでした。
「まさか 先生がそんな目にあっていたなんて。人を恨んだり 悩んでいた時期があったなんて驚いたよ」「少しは 翔平の気持ちが理解できる理由が分かってもらえたかい? 完全に分かるとは言えないけど 少なくても普通の人より分かってあげられると思うんだ」「分かった。俺嬉しいよ。だって そんな先生が今こんなに明るくて元気なんだもん。俺はもう変わられないと思っていた。でも 頑張れば変わられるんだって分かった。まじ元気もらった。言葉なんていらない。今まで通り いつも元気でいて欲しい。俺もああなれるんだと思える」「そうか良かった。きっと翔平も元気になるよ」
彼は話を続けました。
「俺ね 入学してから何回か母ちゃんと衝突したんです。何で弟たちは自由で俺だけ別なんだよ。息苦しくて仕方がない。俺だってやりたいようにやりたいって。俺の気持ち分かっていないって」「そうしたら?」「あんたこそ分かっていないって。パパが出て行ってから どんな気持ちであんたを育ててきたのか分かっていないって」「分かっている。俺が父ちゃんに似ているから憎いんだろ。だけど子供だからしかたなく育てている」僕は核心をついた彼の言葉に 母親がどう答えたか彼を真剣な目で見ました。「そう その通り。だけど それがすべてじゃない。ママだって悪いと思っているの。だけどどうしようもないの。だってあんたの顔パパそっくりなんだもん。嫌になっちゃう。どうして似ちゃったのよ。あんたが逆らうたび 憎しみが湧いてきちゃうの。どうしようもないことなの。だからそうならないように ママだって必死なのよ。普通にしていれば翔平を無視したくなっちゃうから ママは必死にあなたにいろいろしてきたの。そのどこが悪い! 文句ばっかりいって ママに少しくらいは感謝したら。親のありがたみが分かっていれば そんな口利くことできないはずよ。そういう感謝の心がない所がパパに似ているの。だからママに逆らわないで。お互いがダメになる。ママに従ってちょうだい。そうすれば家は上手くやっていけるのよ。昔はママの言う通りやっていたでしょ。その時は問題なかったでしょ。なのに 翔平が文句を言うようになって 家はダメになってきたの。分かってる? そうでしょ。弟や妹への影響も考えてよ。皆おまえみたいになったら ママもう死ぬしかない。今だって 死にたいって思うこと何度もあるんだからって言うんですよ。俺、ますますダメだって思う気持ちと 俺が悪いんだって気持ちになるんです。実際昔はそれで上手く行っていたんですから 反論のしようがないんです。でも何か釈然としないんです」「そうか お母さんも正直だね。どうしていいか お母さんも分からないんだね」「えっ・・・だって自分の言うことに従う。そうすれば上手くいくって言ってますよ。」「いやいや 分かっていないと思うよ。苦し紛れの答えだよ。確かに親子の立場は違うし、お母さんが本当に心配していった言葉さえ 翔平にはウザイ言葉に聞こえてしまうこともあるだろう。でも話を聞いていると こんなこと言っちゃ 翔平怒るかな。自分のエゴで我が子を脅しているよ。きっとお母さんは 厳格というか 親の言うことには従わなければならないって教育のもとで育ってきたんだな。どの家庭もそうなんだろうけど 基本的に 小さい子供に礼儀やルールを教えるためには成り立っていないといけないことだよね。だけど親の要求が度を越していれば 子供が反発するのは当然だよ。お母さんも苦しいんだな。翔平の気持ちは分かっているけれど 親の言うことを聞かないことの方が明らかに間違っていると考えている。翔平の気持ちを聞いているのに そこには心を開いていない。共感していないよ。だから お母さんは翔平の気持ちを聞いただけで 聞いてあげて話し合ったことにしているんだと思うよ。その上で判断を下しているのだから とても健全な答えだと錯覚している。一方通行的な家庭のコミュニケーションになっていることに気がついていないんだと思うよ」「そうですか。どうすれば分かってもらえるのかな」「難しいね。でも 翔平はお母さんやお父さんにどうして欲しいんだい。一番望んでいることは何なんだい?」「謝ってほしい。なんか俺だけが間違っているみたいに言われてきて俺すごくつらいんです。父が出て行かなければ 父に似ている俺はきっと かわいがってもらえたし もっと自由に生きてこれたはずだから」「謝ってもらいたいんだね」
沈黙がありました。
「いけないことですか?」「いいや その気持ちは自然だと思うよ。俺が同じ立場だったら同じように思うと思うよ」「本当ですか? 先生でもですか」
「うん。だからお母さんの返事も苦し紛れの言葉だろうと思うな。子供が小さい頃は命令的な対応は通用したかもしれないけど 子供も成長しているんだよ、対応の仕方も成長に伴って変えていかなくてはいけない。それをいつまでも対話のない 折り合いを見つけ合わない対応をしてきた結果 今の状態が引き起こされている。でも それが自覚できていないから 何がいけないのって イライラしているんだと思うよ」「・・・親も苦しいってことですか」
「ん、だろうな」「何となく感じてはいたけど 苦しいのは俺だけじゃないってことですね」「だね。だけどさ 翔平は自分を責めなくていいんだよ」
「でも 俺がいるだけで 母ちゃんをイラつかせるんですよ。だから俺は何度も父親の所に引き取られようかと思った。母ちゃんもそうしたかったらしくて そういう話し合いもしたみたいだけど 父ちゃんは俺はいらないって」「・・・そうか 翔平はそんな辛いことも経験してきたんだ。悲しかったな」
「うん どっちの親からも いらないって言われたみたいで。俺って何だろうって・・・でもさ 母ちゃんには世話になっているわけだし 逆らう俺が悪いのかなって」「悪くなんかないよ。いいかい。無理ないことなんだよ。俺もね、いじめにあっている時 自分の中に湧きあがる憎しみにとても苦しんだ。こんな気持ちになってはいけないんだって。すごくつらかった。そんな気持ちになる自分が悪いんだとなんとか消そうともがいた。でも消そうとすればするほど現れるんだな」「そうなんです。苦しいです。先生はどうやって乗り越えたんですか?」「乗り越えたんじゃなくて 無理もないんだって 自分の気持ちを素直に受け入れたんだ」「いいんですか そんなことして」「いいんだよ。だからといって 相手に復讐していいってのとは違うよ。これを認めると 復讐しちゃいそうな自分が怖かった。でも俺は分かっていた。自らそれをしたら俺が苦しんでいるいじめを自分でやっていることになるって。最低の人間になるって。だから そういうことをしっかり自覚していれば大丈夫だよ。そうしたらとても気が楽になってきた。あんな目にあわされたら相手を憎む気持ち 怒りの気持ちが生まれても当然のこと。悪いことではない。当然のことなんだ。そしたら初めて自分自身にやさしい言葉が出てきたんだ。よく頑張っているねって」「そっか 良かった。答えは出てないけど 相談に来てよかったよ。すごく気が楽になった。もし何かあったらまた来てもいい? 俺また母ちゃんと話してみます。それでもだめならまた来てもいいですか?」「もちろんだよ。遠慮しないで来いよ」翔平君は礼儀正しく 生物室から出て行きました。彼が出て行った後、僕は おそらく彼はまた来るだろうと思いました。なぜなら 彼は母親と父親に謝って欲しいといいました。母親がたとえ謝ったとしても 彼の話からすると 彼が納得が行くように謝るとは考えにくいこと。何よりも 謝ってもらっても深く傷ついた心は相手を許せない、いや自分を許せないことを僕は経験していたからです。それらの心の経過が拙著の中巻②や下巻①②でした。案の定しばらくして 翔平はやってきたのです。・・・てことで 打ち疲れたので今日は ここまで。
追伸:9月にコメントを頂いた またりさん コメントを読んだ時 翔平君のことを思い出しました。今回と続編が少しでもお役に立てばと願っています。
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