親子の確執②

 

前回翔平君が来た時

「結局俺の心が狭いことがイライラの原因なんですよ。

俺が悪いんです」

と自分を責めていました。

 

確かに こういう場合もあります。

そういう時は この気持ちは大切にしなくてはいけません。

 

しかし 明らかに理不尽な扱いを受けている場合このように思ってしまうのはよくないことなのです。

 

不安と憎しみ渦巻くだけの地獄に自ら入って行ってしまうのです。

僕はこの世界に入ってしまい とても苦しみました。これは自分の心の世界の支配権をだいぶ失っている状態です。納得せずして 相手に支配権を受け渡そうとしていることに気がついていないのです。

 

 案の定 数日後 翔平君は再びやってきました。

 

だいぶ落胆し 怒っていました。彼は心の内をお母さんに打ち明け お母さんは謝ってくれたそうです。ところが・・・

 

「あやまったくせに 全然変わらないんです。前と同じ。その分いっそう頭に来ちゃって なんだよ、反省してないじゃんって、それで言い合っていたら、また決定的な事言われて、前より関係が悪くなりました」

 

「そうか。お母さんなんて言ったんだい?」

 

彼とお母さんの言い合いを再現することこんなふうになります。

 

「ママ 謝ったじゃないの。謝ったよね。あれだって おかしいよね。それほどのこと。この先 ずっとその話を持ち出すつもり」

 

「何だよ、あれうそかよ。おかしいってなんだよ。本当は悪いと思っていないってことじゃないか。だから変わらないんだろ。うそつきじゃないか」

 

「うそじゃないわよ。納得はいかないけど、あんたを傷付けたことは本当に悪かったと思ったから謝ったのよ」

 

「何言ってんだよ。口だけなら いくらでも謝れる。本当に謝ったかどうかは その後変わったかだろ」

 

「親ばかり責めて 何様のつもり。親への感謝というものがないの。パパなしでここまでこられたのは誰のおかげ? そこ考えたことあるの、それでもそんなことが言えるおまえが間違っているの。そういうこと言える所がパパそっくりなのよ」

 

「・・・・わっけわかんない。なんでおやじが出てくんだよ。最後はそこかよ。昔と全然変わってないじゃん」

 

「何がよ、翔平こそ 変わっていないじゃないの。いざという時はママばっかり責めてパパそっくり」

 

「ふざけんな。二人が仲良くしてくれていれば 俺たちの人生こんなんじゃなかったはず。本当の俺の人生を返せ」

 

「こんな人生って何よ。ママに謝りなさいよ」

 

なかなか激しいです。

 

「先生 ひどいと思いませんかうちの母?」

 

「うん、そうだね。俺が翔平であってもきっと頭来ると思うよ。でもね実はさ。辛いことなんだけど、許すということは許し続けるということなんだな。当然 謝る側もなんだけどね。謝ってもらった後 何も変わらなければ 許した自分が むなしく辛くなる。許すということが 一瞬ではないことを思い知らされるんだ」

 

「どういうことですか?」

 

僕は 自分の体験を簡単に話しました。本に書いたように 僕は いじめを行ってきた相手から突然に謝られ これを許しました。時間にして1,2分の出来事でした。

 

ところが 僕は 彼らを 以前に増して憎むようになってしまったのです。

 

彼らは謝った後 僕には何もして来ませんでした。約束通り何もしなくなったのです。しかし 僕の心は治りませんでした。

 

まるで以前のことなど 何もなかったように 目の前で遊んでいる彼らに対して 突然 心の底から 噴き上がって来る怒りを感じていました。その怒りを抑え込むことができませんでした。

 

「お前たちにとっては いじめをやめることなんか 大して努力なんか必要ないことだったんだな。おまえ達にとって、俺にやってきたいじめは、その程度のことだったってことだな。こっちが苦しむほどうれしいなんて言いながら、こんなにも簡単にやめることができることだったのか。だったら、どうしてもっと早くやめてくれなかったんだ。おまえ達は簡単にやめられた。それでいいかもしれない。でも、でも、俺は壊れたままだ。どうしてくれる。俺を元に戻せ。何楽しそうに遊んでるんだよ。ふっざけんな~」

 

そんな自分に対して

 

「謝ってくれたんだから、いいじゃないか。そして 約束通りいじめはしてこない。それに許すって僕も言ったんだ」

 

何度も何度も 自分に言い聞かせ 怒りを鎮めようとしたのですが 怒りは鎮まらなかったのです。

 

その後 僕は必死に怒りを鎮める方法を模索しました。記憶喪失になって いじめを忘れてしまえば 楽になれると思いました。でも そんなことは出来ないし 大好きな家族を忘れることなど絶対に嫌だと思いました。

 

僕はついに我慢できず 何もしてこない相手に対して

 

「あんな一言で許されると思うな。俺の心を返せ」

 

と突っかかって行ったのです。

 

相手のうち一人は、僕の言葉にしどろもどろになり その後逆上してきました。

 

その受け答えから 僕はあることを 感じたのです。

 

「こいつらは 僕を怖がっている」

 

ということです。

 

この時 彼らどう謝っていいのか分からなかったのだと思います。彼らとのやりとりの中で 彼らの中に『怖れ』を感じた僕は無益な戦いの再開を阻止することができました。

 

怒りに満ちた僕でしたが 反面これまで 感情に流されることが どれほどむなしく さらなる争いを生むことも 理解していたのです。

 

以前の僕だったら そんな彼らに対して 感情をぶつけて 再び取っ組み合いになっていたと思います。

 

怖れを感じた相手に対して

 

「よし行ける。ここで叩き潰してしまえ」

 

と強行してしまう人がいるかもしれません。

 

でもそうする人は自身も相手を恐れているのです。

 

そしてその態度こそ 相手が最も恐れている事なのです。

 

その怖れにつけこんで こちらの感情を叩きつければ 相手も黙っていません。必要以上に逆上します。

 

感情に流されて実際問題どうしていけば一番いいのかを忘れて 行動してしまうと 結果は悲惨なものになります。たとえ相手を負かしても変わらない現実に愕然としてしまうのです。

 

今まで自分を傷付けてきた相手に仕返しをしても 何も変わらない現実は 自分を打ちのめします。自分のことを嫌で仕方がなくなっていくのです。

 

「親の気持ちを考えれば、親の謝り方は精一杯。だから親を許してあげましょう」というのではありません。

 

これまではどちらかというと支配的な関係にあり その接し方で息子を傷付けてしまっていたことを お母さんは初めて知ったのだと思います。そして悪かったと思ったのは ウソではないと思います。

 

としても 彼の話の所々に出てきたように お母さんは一生懸命でもあったわけで そこまで謝らなくてはいけないことなのかという気持ちもあるようです。

 

言われた本人は覚えていても 言った本人は覚えていないことは多いものです。言った側からしてみれば、そんなつもりで言った事ではなく「そんなことで傷つくなんてどうして」と不満すら湧きあがって来るようです。

 

お母さんの気持ちを代弁すればこんな感じなのだと思います。

 

「私は親なのに子供に謝ったのだ。それは確かに傷つけたこともあったのかもしれない。でも私はこの子の為に一生懸命やってきたのだ。それをどうのこうのと子供の言い分をどこまで受け入れなくてはいけないのだ。謝ったことで もう終わったことじゃないのか。過去のことをどのように償えばいいのか 私にも分からない。それを償うこととは、まさか今後何を言ってくるか分からない息子の要求に従わなければならないということか それは出来ない。支配関係が逆転してしまう。このまま言うことを聞いていたら 今後何を要求されるか分からない。」

 

こういった怖れが反感となって頭をもたげてきたのだと思います。

 

謝る許すは 言葉では一言二言で済みますが 実際はそんなことで本当に解決する問題ではないのです。

 

翔平君に謝ったお母さんは おそらく どうすればよいのか困り これ以上何か言ってきたら 理性的に対処しきれないという怖れを感じたのだと思います。

 

謝った方は すぐに変えることができなくても 少しずつ努力し続けなくては 謝ったことになりません。

 

そして許す方も すぐには変われない相手に対して 努力を認め許し続けなくてはいけないのです。

 

しかし現実問題 相手は本心で謝ったとしても どうやって変えていけばいかという心の整理整頓 上手く変えられない自分の状態をどのような言葉で説明していけばいいのか 分からないことが多いのです。

 

こういう場合 楽になる方法は 相手を責め立てないことです。

 

彼は 母親から愛されていると心から感じていないのでしょう。

 

これを得るためには 彼とお母さんが 許すこと 許されるように努力することを互いにし続け お互いそれを認めなくてはなりません。時間がかかることです。

 

お互いの気持ちを言い 謝ることはいいのですが 「だからお前の方が悪いんだ」というように 相手を批判してしまうと結局は元に戻ってしまいます

 

相手に対して感情的に批判を続けている限り 泥沼状態から抜け出ることは出来ないのです。

 

ただ 僕は彼が「僕はお母さんから愛されていたんだ」と理解したとしても 彼自身 自分を認めていないので 母親との間の溝は なかなか埋まって行かないと感じました。

 

これは 僕が最も苦しんだ 糸口の見えない心の葛藤と似ているのでそう感じたのです。

 

このような心の葛藤を消滅させる方法 それは 一言で言うと 今の自分を充実させることなのです。次回は 僕が心の葛藤を乗り越えて行くために行った方法と その方法から気がついたことについて 書きたいと思います。

 

 

 

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コメント: 1
  • #1

    ちぇ じょんうぉん (土曜日, 06 4月 2019 16:05)

    こんにちは
    何時も拝見させていただいております。
    先生との話は非常に心が豊かになります。
    いじめられて大変な思いを感じるこの頃です。
    特に外国の方には変わった目の色で観ることが多かったです。
    まず厚生省からでした。
    今から三十年前の話です。
    私は韓国の田舎で生まれました。
    自然豊かな恵みと祝福で満ち溢れる田んぼの中で川があり、夏には泳ぎに行き、冬になると雪の中スキーをすることができるから、兄と目一杯楽しむことができるのです。
    時間がないので本日はここで終わりにします。
    時間が許す限り、書きたいです。